折から白浜で別荘分譲地が売り出されていた。温泉つきで、
その水質は椿温泉のものと同じという。
費用は大阪市内の自宅を売却して捻出するにしても、それ以降、
厚生年金が支給される六十歳までの、無収入の生活をいかに
して維持するのか。他人事ではあるが気になるところである。
「波乗りゲームみたいなもんです。」自宅を売却した残金、
退職金、海外駐在中に手をつけずにおいた十三年間のボーナス、
その他の預貯金など約五千万円が手元にあった。
これを取りくずすのではなく、郵便貯金にしたり国債を買う
などして、利子で生活ができるようはかったのである。
高金利の波は十年に一度、小刻みな波は五年に一度、それぞれ
押し寄せると承知していた。
新着記事
(02/07)『リブート』行き場のない子どもを救うNPO法人「しぇるたー」で働く職員。でもそれは「表の顔 ...
(02/06)「奨学金×伴走支援」を日本中へ届ける。新規事業の企画推進・基盤構築
(02/05)東日本大震災を経験した子どもが語る「わたしを動かした“がんばれ”じゃない言葉」
(02/06)「奨学金×伴走支援」を日本中へ届ける。新規事業の企画推進・基盤構築
(02/05)東日本大震災を経験した子どもが語る「わたしを動かした“がんばれ”じゃない言葉」
2007年04月01日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

